野沢温泉で暮らし、ここで働く。一人の村民としてこの村で育って気づいた事
皆さんこんにちは!コンパスブログ初登場Yugoです。
今回は村民から見た野沢温泉とコンパスで働く思いについて書いていきたいと思います。
生まれ育った村、それが野沢
皆さんにとって野沢温泉村ってなんでしょうか?移住地だったり、観光地だったり、将来移住したい村だったりと様々あるかと思います。ですが、僕からしたら生まれ育った村それが野沢温泉です。
なので、高校卒業して県外に進学するまでは、正直野沢温泉の良さみたいなものには気づいていませんでした。ここだけの話、この何もない田舎に観光客が来てるのが不思議に思っていた時期もあります。
ですが、高校卒業して、県外の専門学校へ行き、その後カナダに留学しました。カナダから帰国し、久しぶりに外湯に入った日のことは今でも覚えています。何気なく入ってたはずの外湯が、その日は不思議と特別なものに感じられました。
あの日、外湯で感じた特別な気持ちは、野沢温泉という村がずっと守り続けてきたものだと気づきました。当たり前だと思っていた景色や文化が、実はとても貴重なものだったんです。
特に大事に感じれた文化が、25の厄年と42の厄年がメインとなって行われる、道祖神祭りです。
道祖神祭りは、毎年1月15日に厄除けや豊作祈願、初子の成長を願って行われます。
国の重要無形民俗文化財の一つに指定されており、一年の中で一番盛り上がるお祭りです。野沢温泉村に生を受けた男子は基本的に全員参加する必要があります。
正直ずっと参加しなくて良くなる方法はないかなーと考えていた時期もありました。なんで、火をつけた松明で叩かれるだけのお祭りに参加しなくていけないんだと
しかし、既に経験のある野沢の先輩方に聞くと皆揃って口にする言葉があります。「本番だけもう一回やりたい」と、実際自分が本番を経験するまでなんて恐ろしい事を言ってるんだと思いました。ですが、自分が実際道祖神祭りに参加してから先輩方が言っている事が理解できたんです。
野沢温泉は、凄く小さい村なので保育園から中学校を卒業するまで約15年一緒に過ごします。先輩方が伝えたかったのは、その15年もの歳月を一緒に過ごした仲間たちと一つの事を達成するというのは、言葉では表すことができない思いだったんだと、実際に自分が経験してみて込み上げてくるものがありました。確かに、もう一度あの感動を得られると思ったらもう一度やるのも悪くないなと思いました。
コンパスとの出会い
僕とコンパスとの出会いは、実は中学2年生まで遡ります。当時、フリースタイルスキーにハマっている友達の誘いでコンパスハウスに遊びに行き、みるもの全てが新鮮でカッコよくて、そこからコンパスに遊びにいくようになったのがキッカケです。
高校生からアルバイトをさせてもらい、そこから県外進学、カナダ留学を経て野沢に戻ってからも、気づけば長くコンパスに関わらせてもらっていて、今ではマネージャーとして働いています。
特別なきっかけがあったわけではありません。ただ、目の前の仕事に真面目に向き合い続けてきた、それだけです。でも、その積み重ねがあったからこそ今の自分があるんだと思っています。だからこそ、コンパスという会社を通じて、観光で訪れる方々に野沢温泉の魅力を伝えていきたいと思っています。そしてそれは同時に、僕を育ててくれたこの村への恩返しでもあると思っています。
これからも、この野沢温泉という村と共に歩んでいきたいと思っています。そして、コンパスでの仕事を通じて、訪れてくださる皆さんに少しでも野沢温泉の魅力を伝えられたら嬉しいです。
最後まで読んで頂きありがとうございました。次回の更新をお楽しみに!
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